となりの芝生の向こうがわ

主に腐っています。はじめての育児に奔走しながらブログ書いてます。

母と娘と自己投影

一般的に、母親は娘に自己投影しやすいとはよく耳にします。息子は結婚したら終わりだけれど、娘はずっと一緒にいられるし、老後の面倒もみてくれるとかなんとか。そんなわけないだろうと思うと同時に、自分が将来そう思ってしまうんじゃないかと恐ろしくなってしまいました。

 

娘とは違う生命体であるし、同じものを好きになるわけなどありません。親が思い描いた道を歩んでいくわけではないとわかっています。娘自身の人生は娘のものであるし、親である私たちの影響は多々あると思うけれど、娘の思う通りに生きてほしい。

そう思うけれど、実際私が子どもの頃できなかったこととか、やりたかったことを娘にやらせようとしている思いがあるのは事実なんですよね。まだ1歳を過ぎたばかりなので、現時点ではただ私が悶々としているだけですんではいます。が、娘がもう少し大きくなったら自分がどう思うのか怖いなあと感じています。

 

例えば、休日のこと。両親はシフト制で働いていたので土日は休みではありませんでした。祖父母と同居していたので、面倒はみてくれていたんですが、土日にお出掛けしたという記憶がありません。恨み辛みがあるわけではないし、感謝しているんですが、同級生なんかが土日はどこどこへ行ったというのを聞いてとても羨ましかったです。だから私は仕事を始めても土日休みがいいなあと漠然と思ったり(環境的に土日休みじゃないと働けないとは思うんですけど)

ただ、土日が休みじゃないといえ、遊びには連れていってもらっていたので、人って強欲ですね(笑)幼い自分は、おそらく土日は出掛けるもの!出掛けたい!と思っていたんでしょうね。

それから、おもちゃ。シルバニアファミリーが欲しくて、何度もねだっていたんですが、買ってもらえなくて、それを娘に買い与えようとしている自分がいます。絵本も同じく。

 

将来の夢は特に目指していたものはなくて、習い事をさせよう!とかは思わないんですけど、日常の小さなことでやってあげたいと思うことが結構あって。しかもそれは自分が経験していなくて、やりたかったと思うことばかり。それは押し付けにならないか、親が与えることは多少必要だとは思うけど、その線引きが難しい。

私がやりたいと思っていてやらせたら、娘は全然好きにならなくてがっかりしてしまうのはさけたい。切実に。

 

こう文字にしてみたけど、そもそもこれは自己投影になるのか?という疑問がわいてきました。いや、これも、自己投影、だと、思う。たぶん。

娘には娘の人生があるので、あんまり前のめりにならないで子育てしたいなあ。私も私のやりたいことやろう。