となりの芝生の向こうがわ

主に腐っています。はじめての育児に奔走しながらブログ書いてます。

人間界にもボス猿がいた

昔の話です。

 

 

私の行っていた保育所に、ボス猿(女の子)がいました。自分のことを「様」をつけて呼ばせ、私が一番よとふんぞり返っていました。

何がきっかけだったのかは覚えていません。時期的には年長の頃だった気もします。ふんぞり返っている力を同じクラスの女の子(私含む)にまで誇示させてきました。

朝はボス猿が来たらお出迎えです。せっかくうさぎ(保育所で飼っていた)にえさをやっていたのに、楽しい気分が台無しです。せめて、ボス猿の一番遠い位置にいようと思っていたことを覚えています。右向け右のように、ボス猿の言うことをきかなければなりませんでした。折り紙をやるわよ、と言われたら従わなければなりません。

外で遊ぶと思ったら、女の子(確か10人くらい)を二手に分けて戦いと称し、蹴り合いをさせられました。そのボス猿は笑いながら見ているだけで、私は泣きながらうつむいていました。しかし真剣にやらないと罵倒され、ボス猿の取り巻きにも攻撃されたりもしました。一方的に蹴られるわけではなく、お互いが組み合って足を攻撃する感じですね。しかもうまい具合に先生の目の届きにくいところでやっていたので、こどもながら用意周到さがうかがえますね。

何が楽しくてこんなことやらせるんだろうとずっと思っていました。女性社会の縮図のような気がしてなりません。間もなく、それは先生に見つかり、怒られたのでこの戦い自体は数日で終わった気がします。 

こんなことが続いて、保育所に行きたくないと強く思うようになりました。しかし行かないという選択肢はありませんでした。なぜだろう。両親に相談もしなかった気がするし、送り迎えは祖父だったので、大好きな祖父に嫌われたくなかったのかもしれません。

 

これら一連の出来事は、一週間か一ヶ月か半年か、期間は覚えていませんが、とりあえず終わりました。ぼんやりとある記憶だと、部屋で折り紙をしてもいいかとボス猿が先生に言ったところ、「なんでみんなおんなじことしてるのよ!好きなことやればいいじゃない!」と言ってくれて、そしたらボス猿が「だってみんなついてきてるから」ととんでもないことを言ってくれたので、一目散にその場を離れたことは覚えています。先生、もうちょっと早く言ってほしかった。

それから何の心変わりがあったのかはわかりませんし、わかりたくもないのですが、その後は何事もなく保育所を無事卒園できました。

 

 

ここまで感情的にならないように書いてきたつもりですが、20数年前の出来事なので、記憶が曖昧なところもあります。かもしれません、をこれでもかというほど多用しています。

あの時、もっと自分の思った通りに行動していれば、こんな嫌な負の感情を持つことはなかったのではなかったかも、なんて考えたのですが、おそらく当時は仲間はずれにされるのがとても怖かったんだと思います。たらればを今考えてもどうしようもないですね。

どこにでもこういう人はいるとは思うんですが、今振り返ると、5歳くらいの子でもこういう人を支配しようとする、力を誇示することがあるということは事実なのがとても恐ろしいです。もちろん、人によるんだとは思いますが、運が悪かったとしか考えられません。


娘ができて、乳幼児に触れる機会はあっても、幼稚園や保育所に通うこどもたちに触れ合う機会はないので、こういうことを経験したから、今の子はこう!という断定なんかもちろんできません。一応情報収集はしていますが、最近の幼稚園事情はわからないので。


今の社会は、親がこどもにすごく関わっているという印象なんですが、昔はそれほどでもなかったという印象です。私の家だけかはわかりませんが、もう少し関わってくれたらいいのになあと思ったこともあります。両親に言ったことはないけど。

そして、これはもしかしたら私の押し付けになってしまうかもしれないんだけど、私が保育所で経験したような出来事を娘には経験させたくないのです。だから、私が些細な変化を気にしていたい。行きたくないな〜って言ってきたら、休むという選択肢を与えたい。

ただ、今から心配してもなんにもならないし、そもそも生活をするのは娘自身なんだよなと考えて、いやいやでも、家でなんでも言える話せる雰囲気をつくっておきたいと考えるのはいいよね、と自分を納得させております。あのボス猿が特殊であり、私に落ち度はなく、トラウマとして心の中に巣食っています。まあ、もしかしたら、ボス猿には当時家庭でなにかあって、こういうことをやらなきゃいけないという強迫観念にでも囚われていたのかもしれません。情緒不安定だったのかも。高い壺でも買わされたり、借金があったのかもしれません。知りませんけど!


私自身、学校生活にそれほど思い入れはないし、良い思い出と言えるようなものがほんの少しだけのような気がするんですが、その基盤はこの保育所時代に作られたと言っても過言ではないのかもしれません。いわゆる、コンプレックスに塗れた学校生活でした。人の目を気にしすぎて、好意を好意とも受け取れず、誰もが自分を見下しているんだと思っていました。そんなことはないというのがわかったのは大学に入学してからです。


20年以上も前のことをふと思い出すことがあるのは、自分の中で衝撃的で忘れがたい出来事なんでしょうね。今は夫がいて、娘もいて、それなりに安定した生活を送れているのでとても嬉しいです。

ボス猿に出会って唯一よかったと思えることは、この世の中には色々な人間がいるんだということがわかったということですかね(笑)
まったく。こんなんだから二次元に走ることになってしまったんだよ!
いや、全然違うけど。自分から飛び込んでいったんですけどね!

私は元気です!